The World Commentary No.99

戦後80年―集団安全保障の夢と「力の現実」

激烈な世界大戦を経験したことを契機に、「二度と大きな惨禍を繰り返さない」との理念のもと、集団安全保障体制の構築が試みられた。侵略を一国の問題ではなく、全世界への脅威と認識し、加盟国が一致団結して制裁や軍事行動に参加する仕組みである。しかし、第一次世界大戦後に設立された国際連盟は、日本の満洲事変やイタリアのエチオピア進攻等に有効に対処できず、目的を果たせなかった。大国が能動的に参加しなければ、集団安全保障は機能しないという教訓を残した。

国際連盟の教訓を踏まえて、第二次世界大戦後の1945年10月に設立されたのが国際連合(国連)である。国連には安全保障理事会(安保理)が設けられ、米英仏ソ中の五カ国を常任理事国とした。そして、常任理事国に拒否権を付与することで大国の関与を担保しようとした。国連総会には、中小国の集団的な意志も反映されやすい「一国一票制」が採用されたが、国際連盟の失敗を繰り返さないため、国連安保理では、常任理事国に特別な地位が与えられたのである。

ところが、国連設立後すぐに米ソ冷戦がはじまった。朝鮮戦争への米軍を中心とする国連軍の派遣は重要な例外となるが(中国代表権問題を理由にソ連が安保理をボイコットしており、拒否権が行使されなかった)、冷戦期の間、国連安保理はほぼ機能しなくなってしまった。

国連による安全保障への期待が再び高まったのは冷戦終結後のことである。湾岸戦争において、国連安保理決議を根拠に有志連合が形成され、各国が団結してイラクのクウェート進攻に対処したことで、「新国際秩序」の到来ということも喧伝された。

1990年代以降、国連による平和維持活動も活発化し、平和構築への関心も強まった。そして、ある国家が国民に対して十分な責任を果たせない場合、「国際社会」が当該国の国民を保護するべきという「保護する責任(Responsibility to Protect)」についても議論されるようになった。しかし、こうした高揚感・期待感も長くは続かなかった。

2010年代以降、集団安全保障の理想と現実のギャップが拡大した。シリア内戦をめぐり拒否権が乱発され、国連は有効な対応をとれなかった。ロシアによるクリミア併合に際しても十分な措置をとれず、ロシアによるウクライナ進攻やイスラエルによるガザ進攻についても、国連安保理は議論の場以上の機能を果たすことがあまりできていない。制度を支えるはずの大国が、国益を優先して制度を麻痺させるという逆説的な欠陥が改めて浮き彫りとなっている。

2025年現在、大国が自国の利益を優先し、一方的な現状変更を辞さない姿勢を示すことは珍しくなくなっている。ロシアはウクライナでの軍事作戦を継続し、中国は台湾統一への意思を隠していない。発言の真意や実現可能性は別として、戦後秩序を主導したアメリカにおいても、大統領が公然と領土的野心を示す時代が到来した。

戦後80年の節目にあたり、団結した諸国家によって世界の平和を保つという集団安全保障の夢は、かつてないほどかすんでいる。平和を愛好する国々も、厳しい「力の現実」に備えざるをえない。