2024年4月10日行われた韓国第22代国会選挙は、大統領が所属する与党「国民の力」の惨敗に終わった。野党「共に民主党」と共に民主連合(比例代表政党)は過半数の150席を超える175席を単独で獲得し、与党「国民の力」と国民の未来(比例代表政党)は108席に終わった。新政権発足から2年の節目に実施される総選挙は、大統領の国政運営に対する国民からの中間評価でもある。今回の選挙で国民は、尹錫悦政権に対して明確に「NO」を突きつけたのだった。
意外にも選挙キャンペーン序盤、与党「国民の力」が優勢であった。「国民の力」のトップは、尹錫悦政権で法務部長官を務めた韓東勲氏であった。韓氏は職を辞した後に、臨時的に党代表の権限を有する非常対策委員長に就任し、選挙戦に挑んだ。切れ味のある発言と、フレッシュなイメージから韓委員長の人気は急上昇し、3月第2週に実施された韓国ギャラップ社の調査では、政党支持率が37%に達し、野党「共に民主党」の32%を上回っていた。
選挙戦序盤における野党劣勢の原因は、党内の権力闘争にあった。野党「共に民主党」の李在明代表は、小選挙区立候補者に自らの支持者を据え、文在寅前大統領の側近や無派閥系の有力議員を排除した。非李在明系の李洛淵元首相ら大物党員は、党内融和を無視した独善的な候補者推薦の在り方に反発を強めて離党した。このような野党の内紛に国民の視線は冷ややかであった。
それでも、与党が大敗した原因は、国民感情を無視し続ける大統領にあった。就任から2年、国会を通過した法律に対して行使した拒否権は9回に上った。金建希大統領夫人をめぐる数々の不正疑惑の真相究明を求める国民や野党の要求に対しても、真摯な対応を見せることはなかった。選挙戦の行方を決めたのも、「医療大乱」に対する大統領の態度であった。2月に政権が発表した2000名規模の医学部定員の増員に対して、全国の研修医たちは反発し、職場を離れた。大学病院は機能不全に陥り、「医療大乱」と呼ばれるほど市民生活に影響がでた。当初、国民の怒りは、医師としての責務を放棄した研修医へ向けられたが、次第に彼らに歩み寄ろうとしない大統領へと向かった。このような流れのなかで、世論は投票によって政権を審判しようとする「政権審判論」へと収斂していった。
反尹の急先鋒である少数野党「祖国革新党」は、「[尹政権の残り任期]3年は長い」と叫び、比例のみで12席を獲得した。今や世論の大半は「反尹」にある。弾劾の声も聞こえてくる。政権の今後は、果てしなく暗い。