The World Commentary No.94

地雷より危険な「規範の崩壊」

今年3月、北大西洋条約機構(NATO)加盟国であるポーランド、バルト三国(エストニア、ラトビア、リトアニア)が、ロシアの軍事的脅威を理由に対人地雷禁止条約(オタワ条約)から離脱を発表した。4月にはフィンランドも後に続いた。これは単なる防衛政策の転換だけにはとどまらない。国際社会が長年かけて築いてきた「非人道的な兵器を禁止する」という人道的軍縮の規範が崩れ始めていることを意味している。

オタワ条約は1997年に採択され、地雷が戦後も無差別に民間人を殺傷し続けていた現実に、国際社会が立ち上がった結果であった。地雷は誤って触れた子どもが犠牲になることが多く、地雷による被害の80%以上が子どもや非戦闘員だったという現実が、人道的禁止の強い道義的根拠であった。オタワ条約は現在160以上の国と地域が加盟している。条約により、多くの国が対人地雷の使用をやめ、除去や被害者支援にも協力するようになった。オタワ条約は「人道的軍縮」アプローチの先駆けであるとともに、その基礎を築いてきたのである。

しかしロシアによるウクライナ侵攻では、条約の非締約国であるロシアによる大規模な地雷使用が明らかになり、同じく非締約国であるアメリカは、バイデン政権時の2024年11月に、ウクライナに対人地雷を供与すると発表した。ウクライナは条約の締約国である。

今問われているのは、国際規範は守られるべきものなのか、それとも都合で破っても良いものなのか、という根本的な問いである。国際法は、国内法のような警察による強制力を持たない。その効力は、各国が「自ら進んで守る」という信頼の積み重ねによって保たれているとも言える。だからこそ、一つの脱退や逸脱が、他国の模倣や不信を呼び、規範そのものの意味を消し去ってしまう。

オタワ条約が崩れれば、次はクラスター爆弾、化学兵器、さらには核兵器といった他の兵器に関する規制にも波及する可能性がある。人道に基づく国際秩序は、一つの糸が切れれば全体がほつれていくような繊細なバランスの上にあるのだ。

だからこそ、私たち市民の目と声が重要だ。オタワ条約は、NGOの運動が国際世論を喚起し、条約に結実させた。国家間の合意であると同時に、人類全体の倫理的な合意でもある。地雷を再び使う自由ではなく、それを使わないと約束しあうとこが、世界の安全を形作ってきた。地雷の復活は、単なるひとつの兵器の問題ではなく、より深刻なのは「ルールを守る」という約束自体が軽んじられる世界の到来である。

日本は、条約発効時からの締約国であり、長年にわたりカンボジアでの地雷除去の支援を行ってきた。ウクライナにも日本製の地雷探知機を供与している。今年日本は、対人地雷禁止条約締約国会議の議長国でもある。離反の動きを食い止めるとともに、廃絶に向けた枠組みの立て直しが求められる。