The World Commentary No.93

シンガポール総選挙:安定と実績求めた有権者

シンガポールで5 年ぶりとなる総選挙が5月3日に投開票された。今回の総選挙で筆者が着目した点は次の2 つである。1 つ目は、昨年5月に第4代首相に就任したローレンス・ウォン氏率いる与党人民行動党(PAP)の得票率。これに関連して2 つ目は、5 年前の総選挙で躍進した野党勢力、特に労働者党(WP)がさらに議席数を増やすかどうかである。

今回の総選挙はウォン氏にとって、党首および首相就任後の初めての選挙であった。シンガポールは本年8月に建国60 周年の節目を迎えるが、その60 年間のうちおよそ45 年間を建国の父であるリー・クアンユー(在任25 年)と彼の息子であるリー・シェンロン(在任20 )が国政を担った。リー家と血縁関係のないウォン首相の1 年の舵取りを国民がいかに評価するか、信任を問う選挙と位置付けられた。

また、今般の選挙はPAP にとっても重要であった。シンガポールには複数の野党が存在するが、建国以来、同党が国会議席の圧倒的多数を確保し、事実上の一党支配を維持してきた。前回2020 年の総選挙ではPAP は約9 割の議席を獲得したものの、得票率は61.24%と近年では過去最低(2011年の60.1%)に迫る数字であった。巻き返しを図るべく、PAP は現職閣僚を引退させ、候補者97人のうち、この数十年では過去最多となる32 人の新人を立てて刷新感を打ち出した。

結果は、PAP が定数97 議席中87 議席を獲得した。現地紙ストレーツ・タイムズによれば、得票率は前回より4.33 ポイント高い65.57%であった。一方、野党WP の議席は前回同様10 議席の維持にとどまった。

PAP 勝利の要因は何だったのだろうか。キーワードは「安定」と「実績」の2 つである。総選挙の争点は経済的安定であった。ここ数年、シンガポールではバス・鉄道料金や水道・電気料金の値上げ、また日本の消費税に該当する財・サービス税(GST)の段階的引き上げなど、物価が高騰し続けている。生活費高騰の最中、ドナルド・トラ
ンプ米大統領によって自由貿易協定を結ぶシンガポールにも一律の関税率10%が課されることとなった。

シンガポール経済は貿易への依存度が高く、国際経済の動向に影響を受けやすい。そのため、アメリカの高関税政策によって生じうるさらなる物価上昇、景気後退、失業増加への不安、また先行き不透明な国際政治経済情勢への懸念が国内で募っていた。有権者の高まる不安のなか、PAP の「今は政治的な実験をする時ではない」との政治的安定を強調するメッセージは有権者に強く響いたと思われる。

加えて、ウォン氏は新型コロナウイルスに対応するために2020 年1 月に発足した政府タスクフォースの共同議長を務めた実績をもつ。国会で声を詰まらせながら医療従事者に感謝の意を表明した姿は記憶に新しい。困難な問題に対応した実績は有権者に信頼感を与えたであろう。

翻って、野党勢力の敗因の1 つは対抗勢力として1 つにまとまり切れなかったことを指摘できよう。10 の野党が競合した結果、野党票が割れた。このような状況下でもWP が10 議席を維持したことを評価し、同党はPAP に対する最も強力な野党との地位を確立したと見る向きもある。選挙期間中、ウォン首相は「 (混迷する世界情勢という)迫り来る嵐に立ち向かい、より明るい未来をシンガポール国民に届ける」と有権者に訴えた。これを実現できるかどうか、首相と党の手腕が今後問われる。