The World Commentary No.43

ウクライナ危機:国際司法裁判所への提訴

ウクライナは、2022年2月26日にロシアを相手取り国際司法裁判所(ICJ)へ提訴した。ロシアは、「ドネツク人民共和国」(自称)および「ルハンスク人民共和国」(自称)の国家承認と、ドンバス地方における「特別軍事作戦」の決行を、同地方でのウクライナによるジェノサイド行為から人々を救うためのものだとしている。これに対して、ゼレンスキー大統領はTwitter上で、ロシアが攻撃の正当化のために「ジェノサイドの概念を操っている」と批判し、ロシアの主張するジェノサイド行為は存在しないこと、ジェノサイドの防止は上記の行動を合法化する根拠となりえないことの証明を求めて提訴した。これに併せて、「特別軍事作戦」の停止や、紛争を悪化させるあらゆる行動を差し控えることをロシアに指示する暫定措置を、ICJに要請している。

 以上のようなウクライナによるICJへの提訴は、いくつかの点で事態を打開する強力な手段とは言い難い面がある。まず、安保理や国連総会ではロシアのウクライナ侵攻そのものが議論の対象となったのに対し、ICJではロシアによる侵攻の根拠として主張されたジェノサイド条約の理解の妥当性に限った議論がなされることになる。その背景には、ICJにおいて紛争を解決するには、紛争を付託することに対する当事国両国の合意が必要だという事情がある。今回は、そうした合意の根拠としてジェノサイド条約9条しか提示されていない。同条に基づく出訴である以上、ICJへの付託が認められる紛争の範囲は、同条約上の問題に限られてしまう。

 また、暫定措置命令には通常数か月、最終的な判決を得るためには年単位の時間がかかる。さらに、仮にウクライナの請求を認める命令や判決が出されても、これを強制的に執行する制度は存在しない。国連憲章は安保理が判決履行の強制のために第7章に基づく措置をとりうることを定めているが(94条2項)、常任理事国であるロシアは拒否権を行使することができる。  こうした中で、ウクライナがICJに本件を付託したねらいは、どこにあるだろうか。冒頭で触れた通り、ロシアは、ウクライナによるジェノサイド行為の存在を主張することによって自らの行動を正当化しており、これに対してウクライナは、そうした正当化が法的に成り立ちえないと反論する。国際法は正当性の重要な基準であり、ICJはこれを司る最高の権威を有する機関である。ウクライナの提訴は、ロシアの行動の不当性を国際社会にアピールするための布石の一つであるとみることができる。