21世紀に入り、中国は新たなグローバル・パワーとして急速に台頭した。いまや日本を含めたアジア地域のみならず地球規模でその存在感を高めつつある。経済面では、2010年に日本を抜いて世界第2位の経済大国となり、2013年には、アメリカを抜いて世界第1位の貿易大国の地位を占めるまでになった。自国を中心とした巨大な経済圏構想である「一帯一路」には世界の多くの国々から強い関心が寄せられている。安全保障面では、東シナ海や南シナ海で威圧的な活動を積極化させ、太平洋・インド洋に海軍を展開し始めてもいる。こうした中国の大変貌を生み出した淵源をたどれば、それは画期的な改革開放への転換に求められる。
いまから40年前、1978年12月18日から22日にかけて、中国共産党はある重要会議を開催して、経済建設にその活動の重点を置くことを決定した。共産党の正史では、この会議を「偉大な転換点」と表現し、時代の分水嶺と位置づける。1949年、中華人民共和国は列強の圧力に蹂躙された悲惨な近代史をへて誕生した。建国の父・毛沢東は、「豊かさ」よりも「平等」という価値に重きをおき社会主義建設に専心したが、彼が発動した大躍進運動や文化大革命は甚大な人的・物質的損害をもたらした。国民の「豊かさ」への希求、疲弊しきった経済の立て直しという要請に応え、次の最高指導者・鄧小平は改革開放に向けて大きく舵を切った。
では、改革開放から40年をへた現状をどう考えたらよいのだろうか。私はこの夏、黄土高原にある貧しい農村地域の一つを訪ねた。寧夏回族自治区の中心都市・銀川から車で6時間ほど南下した地である。現政権は貧困脱却を非常に重要な政策課題にしており、2016年に李克強首相および習近平国家主席がこの地を視察している。率直にいえば、これほどの貧困地域でも、写真のように、村の家々の屋根にはソーラーパネルが設置されるなど、生活全体の底上げが感じられた。ただ、家を訪ねることを自重せざるを得ないような貧しい農民にも出会った。
近年、習指導部は改革開放の継続を繰り返し提唱している。その一方で、改革開放の先が見えなくなっているようにも感じられる。これまで重視してきた対米関係は危うくなり、国内の言論空間は極度に狭まり、「特権階級」の存在など格差是正は思うように進展していない。いま、改革開放の岐路に立つ習近平がおそらく大変な苦悩の中にあることだけは間違いない。