本年7月、オランダ・ハーグで国連海洋法条約(UNCLOS)附属書Ⅶに基づく仲裁廷が、南シナ海問題に関する裁定を下してから10年を迎えた。これは、2013年にフィリピンが提訴した仲裁手続きの結果として2016年に示されたものである。仲裁廷は、中国が南シナ海のほぼ全域を囲む「九段線」に基づく歴史的権利の主張には、法的根拠がないと判断し、一部の海洋活動についてもUNCLOSに適合しないと認定した。この歴史的な裁定から10年が経った今日、南シナ海紛争は収束したのだろうか。
2016年の裁定は、UNCLOSに基づき当事国を法的に拘束するものである。しかし中国は、これを「違法かつ無効」と主張し、受け入れない姿勢を示してきた。中国はこの姿勢を維持したまま、岩礁の埋め立てや威圧的な行動を続けている。本年3月、領有権を争うベトナムは、パラセル(西沙)諸島のアンテロープ礁で中国が人工島の造成を進めていると強く抗議した。7月にはスカボロー礁でフィリピン公船が中国海警局から放水を受けた。10周年に際しても、中国は裁定を「無効な紙くず」と切り捨て、独自の主権・歴史的権利を繰り返し主張した。
このような中国の行動は、国際秩序の観点からどのように理解できるだろうか。それは、たとえ法的拘束力を有する国際的な裁定であっても、大国が望まなければそれをいとも簡単に一蹴できるという現実である。こうした現実は、国際社会が「力こそが正義(Might makes right)」の論理に強く左右されうることを印象づける。
裁定を退ける一方、中国はASEANと紛争防止を目的とした「行動規範」の策定に合意した。これは、既存の「南シナ海に関する関係国の行動宣言」を格上げ・発展させ、法的拘束力を伴う「行動規範」を目指すものである。具体的なルール交渉が始まったのは2010年代後半だが、合意には至っていない。
交渉が難航する要因の一つに、加盟国間の立場の相違がある。現在のASEAN 11カ国のうち、領有権を主張するのはフィリピン、ベトナム、マレーシア、ブルネイの4カ国に過ぎず、中には中国重視のメンバーもいる。その結果、ASEANは仲裁裁定への言及を避けてきた。5月の第48回ASEAN首脳会議で採択された「海洋協力に関するASEAN首脳宣言」においても、UNCLOSを海洋における「中核的な法的枠組み」と位置づけながら、裁定には言及していない。
中小国の集まりであるASEANにとって、国際法や規範は「力こそが正義」とする大国の強引な行動から自らを守る防壁である。中小国は単独では脆弱であっても、結束すれば力となる。いわば、「Unite makes might」である。
ASEANの結束を後押しし、「力による正義」の論理を打開できるのもまた、大国である。10周年の節目に、日本、米国、英国を含む14カ国は裁定を改めて支持する共同声明を発表した。同声明は中国を念頭に「力または威圧によるものを含む不安定化をもたらすような一方的な行動」に「強く反対」し、「(平和と繁栄の南シナ海という)ASEANとの共通のビジョンを推進」すると表明した。共同声明は法的に拘束するものではないが、中国への外交的・規範的圧力となる。
南シナ海問題は単なる領有権争いではない。国際社会において法の支配が維持されるのか、それとも力の論理が優越するのかを問う問題である。国際社会が真に目指すべきは「力による正義」ではなく、法と秩序が力を抑制する「正義こそが力(Right makes might)」の世界であろう。南シナ海は、国際秩序が法と力のいずれに、より大きく依拠するのかを映し出す試金石となっている。