2026年4月28日から5月22日まで、ニューヨークの国連本部で、NPT(核兵器不拡散条約)再検討会議が開催された。2015年、2022年、今回と、3回連続で成果文書を採択できなかった。核軍縮や核不拡散という国際的な枠組みが、実質的に機能しなくなってしまうのではないかという懸念が高まっている。
NPTは、アメリカ、ロシア、中国、イギリス、フランスの5か国のみに核兵器の保有を認める代わりに軍縮の推進を求める一方、核兵器を持たない国には原子力の平和利用を認めるという「グランドバーゲン(大きな取引)」の上に成り立っている。しかし今、その前提が大きく揺らいでいる。
ロシアはウクライナ侵攻以降、繰り返し核による威嚇を行い、NPT再検討会議期間中にも核兵器の使用を想定した軍事演習を実施した。フランスは1992年以来初めて核弾頭の数を増やし、その具体的な数を公表しない方針を示した。マクロン大統領は、「自由であるためには恐れられなければならない」と述べ、軍事力の強化を正当化している。イギリスもまた、核弾頭の保有上限を引き上げ、新型核兵器への更新や関連施設への長期投資を進めている。中国も急速な核戦力拡大を進めている。
世界は「核軍縮」から「核抑止」へと重心を移している。核抑止論とは、核兵器は実際に使うためではなく、「使われるかもしれない」と相手に思わせることで、攻撃そのものを思いとどまらせるための道具だとする考え方である。相手が合理的に判断する限り、核による報復の可能性が戦争を防ぐという理屈だ。冷戦期には、核保有国同士が全面戦争を回避してきた背景として説明されてきた。
しかし、この核抑止論を「法の支配」という視点から見ると、重要な問題が見えてくる。法の支配とは、権力を持つ者がその力を自由に行使できないように制限し、統制する考え方である。国家は現実には軍事力を持ち、時にはそれを使用する。その力の行使が本当に正しいのか、誰がその判断を行うのか、その結果についてどのような責任を負うのかを、常に問い続けることが重要である。
しかし核抑止では、「あえて多くを語らないこと」が戦略とされてきた。核兵器について詳細に説明したり、「使う」と明言したりすると、かえって危険が高まるためだ。むしろ曖昧にしておくことで、相手に最悪の事態を想像させ、抑止を成立させるという発想である。この点で、核抑止論と法の支配の間には緊張関係がある。
NPT再検討会議は決裂したが、それは国際社会が核問題について議論することを諦めたことを意味しない。むしろ、核抑止に依存する国々と、核兵器の廃絶を求める国々との間に存在する深い対立が明らかになったということである。
法の支配とは、強大な権力について、その正当性と責任を問い続けることである。核兵器という人類最大の権力を前にして、私たちは簡単な答えを見つけることはできないかもしれない。しかし、問い続けることをやめたとき、法の支配もまた失われていく。